アーメンと言った瞬間に拍手喝采?

自分が残してきたドリフト(足跡、轍)を辿ることは自分の価
値観を発見することに良いことだと、最近習った。

だから、少し振り返りたい。

わたしが中3になったとき、担任の先生は土屋薫先生と言う先
生だった。男性なのに薫という名前が僕らにとって少し珍しく
響き、人気があった。指導力もあった。学年主任をしながら僕
と啓介くんと言う問題児を受け持ったことは今となっては「尊
敬」の一言に尽きる。

薫先生の専門は数学。
ぼくは数学が元来得意だったため、
(小、中とおじいちゃんの家庭教師でみっちり鍛えられた。)
薫先生のクリエイティブな授業が大好きだった。

そして土屋先生は僕を買ってくれた先生だ。
土屋先生の授業はまず
「教科書をみんな机の中にしまえ。」
という言葉でいつもはじまる。
そう、薫先生の授業では一切教科書を使わないのだ。

そして、問題をいきなり出す。分かったものが手を挙げ薫先生
にこっそり教える。
時には皆が自由に発言する。
(ブレインストーミング)
そうして、答えらしきものが見えてきたら、先生はどういう法
則でそれが導かれているのか生徒に考えさせ、
生徒に自ら「公式」を編みださせる。

比較的学習容量の少ない中学だからこそ出来る授業のスタイル
だと思うかもしれない。しかし、もし生徒のモチベーションを
上げる力量があるならば理想的な授業だと思う。

蛇足だが、このスタイルは私にも受け継がれているようだ。
(でも、最近このことに気付いた。だからこそ自分のバックグ
ラウンドと価値観すなわち、何故私はあのときそういう選択を
したのかを明確化したいためにこれを今書いている。)

☆★☆

専任宣教師として、北海道で働いていたとき、ボランティアと
して地域の住民の為に英会話をしていたのだが、
英会話の授業
の後、私たちの信じていることをクリスチャンでない日本人に
分かりやすく、教える時間を設けている。

私たちはそれを「福音活動」と呼んでいたのだが、
その「福音活動」で私が担当したとき知らず知らずの間に
薫先生の手法を使っていたように思う。

ぼくの福音活動のパターンは大体こんな感じだった。
1、人々の集中力を増す活動を大きなバイタリティーで紹介す


2、競わせる!語弊がないように説明すると、あくまで自己最
高記録を目指ざさせつつだ。
(競うこと、スポーツは僕の専門分野だ!)

3、その活動を満足させる。(ほめる、ほめる、ほめる。)

4、大体この活動は何かのたとえであることが多い。しかし
それを決して教師は口にしてはいけない。生徒自身に気づかせ
るのだ。

5、そして、教師は生徒からの発言情報を整理する

6、最後に教師は力強い「生きてきた証」を述べる。
☆★☆
そのとき私は今までの福音活動が
「宗教の受け売りかよ」と生徒が感じ、沈んでると感じていた


だから、福音活動を生まれ変わらせたいと熱望していた。

何回かの試行錯誤の後、わたしのスタイルは確立した。
そして、福音活動は変わった!
☆★☆
その日の福音活動はアクティビティーが終わり私はいつものよ
うに力強く証した。

その後信じられない光景が目の前に広がった。

なにが起こったか、皆さんは想像できるだろうか。

なんと教室から、拍手が沸き起こったのだ。

わたしはいつも証するときに温かい気持ちを心の深いとことか
ら感じる。だから、その時も生徒のみんなにも同じ気持ちを感
じてもらいたいと思っていた。

だから、英会話の生徒から拍手が沸き起こったとき衝撃だった
。そして、飛び火して会場は拍手喝采!

こんなことは初めての経験だった。
なぜなら私が証した直後にそれが起きたのだから。

教会では静寂を守ることがルールとされている感がある。だか

証しても、素晴らしいコーラスを聞いてもみんなアーメンと言
うだけ。アーメンとは「それに同意します。」という深遠な意
味があるのだが、クリスチャンでない生徒にはそれがわかるわ
けもない。

しかし、これだけは言える。
彼らは何かを感じ、興奮し、そして感動を味わった。
そして素直な反応として、拍手が沸き起こった。

そんな彼らの「素直さ」にまだまだ、日本も捨てものじゃない
なぁと宣教師の吉田長老はその時思った。

断言するがこれは僕の力ではない、薫先生のお陰なのだ。

自分の努力が成果として表れ、そして自分の予想をはるかに越
える成果が得られると謙遜な気持ちになる。
自分の予想通りの結果だったら、私なら高慢になるだろうが、
自分以外の高いところからパワーが発せられている感覚を
人生の節目で何度か感じる経験がいままでにあった。

そんなとき、すごく謙遜な気持ちになる。

そして、神様ありがとう、みんな、ありがとうと心から思える


願わくば、この気持ちをいつも心に満たしていたい。

たとえ、調子が優れない日でも。
☆★☆
P.S.
話を薫先生の授業に戻すが、僕はクラスで一番にその法則をひ
らめくことに生甲斐を感じていた。だから、信じられないほど
集中した。土屋先生も良くほめてくれた。

人はほめられると自尊心が目覚め、そして自信を得ると思う。
そして新たなチャンレンジを自ら渇望するようになるのだ。
そのような過酷なチャレンジに立ち向かうバイタリティーの始
まりは実は尊敬する人からの賞賛の声だったり、友人からほめ
られたりすることだと思う。

男性は女性から「スゴーイ」といわれるとすごい自信になる。
たった一言の「ことば」
それは組立られたことばでもなく、ロマンチックなコトバでも
ない。それは人間の「純粋な反応」が出たものだと思う。

そして、それは自尊心になる。僕の「コトバ」で表わせば
「おとこの証明」
になる。
まあ男性ならば、この気持ちすごく分かる思う。
そう、男は単純なのだ、
そして、そうやってエネルギーを得ているのだ。

そんなエネルギーを与えてくれる女性を
人は女神と呼ぶのだろうか。
genre
スポーツ
theme
陸上競技

Comment

今日は,ちょっと日本語が,不便です.

男性は女性から「スゴーイ」といわれるとすごい自信になる。

ってありましたが , いろんなところで, それを聞くことがあります.
それを女性が, もっとよく知っていたら" 私のいうことなんて,,,," という
態度から, "もっと言う事に気をつけよう" という態度に変わる 可能性が
高くなるとおもいます.

そして, 親もおなじだとおもいます. おとうさんや, おかあさんが
子供に言うことに, もっとパワーがあると気がついたら, 子供の成長に
役立つ話し方をする可能性が高くなると思います.
2006⁄12⁄13(水) 14:35 | | [edit]

愛知中三さんありがとうございます。
みなさんのおかげで
一ヶ月ちょっとでアクセス10000行くことが出来ました(^0^)/
☆★☆
人と人の縁の不思議さを感じます。
感謝ですね。
2006⁄03⁄31(金) 12:54 |

とってもいい話ですね。
またこんな話を聞きたいです。

アクセス10000件おめでとうございます!!!
2006⁄03⁄30(木) 20:07 |

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