私は以前スイミングでインストラクターをしていたことがある。
もともと、教える事は好きだと言う事と、こども好きだということもあり、この仕事はかなり楽しいものだった。
会社に行っても仕事という感覚はないほどだった。
私の勤めていたスイミングでは、級の合格についてある決まりがあった。
それは、1ヶ月では子供を次の級に合格させては行けないというもの。
簡単に合格させてしまうと、1級(4泳法が泳げるレベル)になった途端、
すぐにスイミングを退会してしまう子供がいるからという理由からだった。
だから、吸収が早く、どんなに上手く泳いだとしても、
一ヶ月で合格はしないものというのが私の職場の暗黙のルールだった。
しかし、スイミングで教えていると時折、
すごく感のよい子供に出会うことがある。
Yくんもそうだった。
私が彼を教えたのは8級。
背泳ぎのクラスだった。
小学4年生で水泳を始めた初心者の彼は、
浮く姿勢こそ多少の甘さはあるものの
圧倒的な推進力を見せていた。
8級のテストの項目では特に引っかかる
ポイントはなかったので、私は1ヶ月で彼を合格させた。
異例の一ヶ月合格だ。
彼を合格させたのは、泳ぎが上手かったからだけでなく、
上の級もしくは育成コース、選手コースで
やりたいという強い気持ちが伝わってきたことも大きな理由だった。
彼はその後、瞬く間に級を合格して
選手コースに入って行き、結果、水泳を始めて3年足らずで
平泳ぎの愛知県の学童記録を塗り替えてしまった。
そして彼は、中3になると、愛知県記録のみならず、
全国中学記録の平泳ぎ50mと100mの記録を更新した。
これは、水泳でオリンピック級の選手を生み出す場合
基本的には3歳から小学校1年生までぐらいに
スイミングに入れなければ達成はできないという
それまでの常識を覆す出来事だった。
今、彼は高校2年なのだが、時折、テレビ、スイミングマガジン、ネットで彼の活躍をチェックするのが私の楽しみだ。私の手を離れ、はるか遠くに行ってしまったが、やはり教え子の活躍は気になるものだ。
あのときの彼がここまでできるようになるとは思っても見なかったし、
当時のスイミングのコーチも誰一人そうは思っていなかったと思う。
僕がしたことはたった一つ
彼がやる気満々だから、とりあえず次のステップに早めに進めてあげようと思っただけ。
どんな優れた指導者でも子供の才能の限界を決めることや、限界を見極めることはできないと思う。
子供の限界を大人が決めてはいけない。
子供は天才であり。そしてピュアなのだ。
このピュアという資質は才能を伸ばす上でかなり大切だと思う。
最近の子供は反骨心をエネルギーの代替燃料にしている気がする。
それは子供に反骨心を植え付けてしまっている大人に原因がある。
もっと素直になれば、才能が伸びるのにと思う選手を今まで多く見てきた。
頭もよく、身体的才能もあるのに伸びない選手。
見てて可愛そう。
声をかけてあげるものの、彼らは心を閉ざしているから
私の(大人の)助言はすべて聞き入れない。
逆にピュアというか、すこしバカな感覚重視のアスリートが
どんどんタイムを短縮しているのを見てきた。
彼らがタイムを伸ばせた理由はただひとつ。
傍(はた)から見るとバカに見えるほど、
それが純粋に好きだから。
彼らの心はピュアだから、インスピレーションの受信機にノイズが混ざることはない。
Yくんを指導した経験は私の指導方針に大きな影響を与えたように思う。
子供が次のステップを要求したときに、それに答えられるような準備はいつもしておこうと思っている。
そして、最終的な目標はどんな学習障害のある選手でも、ADHDの選手でも
才能を伸ばしてあげられる指導者になること。
ピュアな子供は天使に近い。
それはついさっきまで神様と天国で一緒に住んでいたから。
私は陸上の指導者として、また宣教師として、これだけは断言できる。
ピュアを失いかけた子供でも、必ずそれを取り戻せることを。
その手助けができる指導者に私はなりたいと思う。
人を動かす一番の方法が模範
言葉ではない。
実践している姿を見せることが大切。
そして、継続すること。
疲れても決してやめてはいけない。
岩は簡単には動かない。
でも私は岩を押す。
そして、押し続ける。
その姿を見て人の心が動くかもしれないから。
ありがとうございます。
教えることってすばらし学びの機会ですね