中学その4

3年になった。
私はこの年にやりたい種目があった。

それは走り幅跳。

2年の時に遊びで跳躍ブロックに行って跳んだら、
5m25跳べた。校内では1位だった。

出たい理由はこの種目は結構穴になる種目だと思ったからだ、
足の速い子はだいたい100m出る。

ちゃんと練習していけば6mを越えることは可
能と思っていたし、6mを越えていけば、
一宮市では6位まで入れる。そしたら、西尾張大会に行くことができる。

私はそのつもりで臨時陸上部が招集されるのを待っていた。

その年の体力テストの1500では1年の時のタイムしか出せなかった。
しかも走った後、すごくつらい。

しかし、私の筋肉は短距離化しているらしく、
私は50mを6.2秒で走った。

スターティング・ブロックなしで土のトラックということを
考えればかなり良いタイムと思う。
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今年も臨時陸上部が結成される時期になった。
今年は先生は私をどんな種目でエントリーするのだろうか?と考える。

その年臨時陸上部が結成される時、八代先生は私にこう告げた。
「吉田おまえは100でいくからな」

信じられなかった。100では勝機はないと思ったからだ。しかも今まで学校内ですら1位になれなかった種目。
一宮市で入賞するのは難しいと思った。

しかし同時に嬉しい気持ちもあった。小学5年生以来100の試合に出られるからだ。
心のどこかで、

「いつかスプリンターに戻ってくる。」みたいな気持ちはずっと温めていた。

しかし当時、自分のベストタイムから導き出して市大会でこれ位くらい行けるとか言う算出は出来なかった。

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臨時陸上部の練習が始った。

最初の日は記録会で始まった。

私はその日ためにスパイクを新調していた。

陸上部がない中中では高価なスパイクを個人で持っているものは少なかった。

だから、片落ちの古いモデルの(でもなぜか新品同様の)学校のスパイクを履いて
みんな試合に出る。

もちろん他の人は誰一人は準備せず、普通のシューズで走る中、私一人がスパイクで走った。

私は100を11.7で走った。学年で短距離が1番速い住田くんはアップシューズで
11.9で走ってしまう。いったい住田君はスパイクを履いたらどれくらいのタイムで
走ってしまうのだろうか?と私は住田君のことが気になって仕方ない。
タイムでは私が上回っているものの、 まったく勝った気がしなかった。

八代先生曰く、
「それくらいのタイムで走れれば、吉田も住田も一宮市の選手権では上に行ける。」
と言ったので、僕は純粋にそれを信じトレーニングした。

住田君と直接対決で今まで勝ったことはなく、住田君に勝つことが一宮市選手権の6位以内ライン
と私は考えていた。だから、異常に住田君に対してライバル心をもっていた。それは彼が神山小学校
出身だからということも起因していたように思う。


by福男こうちゃん
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