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中学その2

当時のライバルは森北君と村上君。
私は長距離ブロックで3番手だった。

中中には末広小学校と神山小学校の卒業生が毎年入学してくる訳だが、
わたしのいた末広小学校で一番速かったのはわたしではなく、
5年生の時転校してきた村上君だった。
彼は転校してまもなく、冬に毎年行われている持久走大会でいきなり1位になり、
一躍全校のヒーローになった。
わたしはと言うと、驚異の転校生出現もあり、結局小学生の間、一度も校内で一位になれなかった。

森北君はお隣の神山小学校の出身。
彼とは1年生の時同じクラスで、彼はサッカー部だった。
毎年春に行われる体力テストはわたしのような、スポーツを生きがいにしている人間にとって大きなイベントだった。
なぜなら、ここで良い記録をだすと、陸上の大会に招集されることを知っていたからだ。

だから、体力テストは体育の授業の一環でしかないんだけれども、選考会みたい認識だった。

森北君とはじめて対決したのはその体力テストの1500m。

森北くんが先行して、わたしが追いかける格好のレースだった。
最後の一周のスパートで抜かす予定だった。短距離走だったら断然わたしの方が速いから。
最後の一周わたしはすべての力を振り絞って走った。差は縮まって行く。
「OK、行ける」と思った矢先、森北君もスパート、最後の直線に入った。差はほとんどなかった。

わたしは懸命にスパートした。
体力テストにも関らず、陸上の試合張りにゴールラインではトルソーを出してフィニッシュまでした。

しかし、結果は森北君が勝った。胸の差で。
私は2位。タイムは同じ5分25秒だった。

当時八代先生という先生が僕らの体育の担当だったが、
「おまえらなんでそんなに強いのか?」

「ああそうか、おまえら強いんだ。」
と、意味不明の言葉を発する。

その時、その言葉は理解できなかったが、
中3になり初めてその意味が理解できた。(八代先生の予言が)

八代先生は過去に愛知県選手権を2度優勝したことのある
400mランナーだった。
こんなに良い指導者が身近にいながらもあまり専門的な指導を私は受けていない。

しかし、その時々に象徴的な言葉のアドバイスを頂いたことを覚えている。
私が大学生になり陸上で成果を上げ出した頃、「コンディションこそ命」という陸上のスタイルを築いて行くのだが、
それは八代先生の言葉「さぼり“バネ”」という言葉がきっかけだった。

当時水泳部に所属していたわたしはまず、水泳で(多い日は)3キロくらい泳いでその後、5キロ走り、相撲の練習を1時間といった毎日のトレーニングをしていた。きつかったが走ることが大好きだった。

いま考えると、よく単調な練習を好き好んでやっていたなぁと思う。

今考えると、専門的知識がない先生が作った単調なメニューだったのは明白。

でもそれは僕を陸上好きにするには十分だった。
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