一つの肢体が尊ばれると、 ほかの肢体もみな共に喜ぶ。

僕のインナーマッスルとアウターマッスルはいつも
会話している。それはソプラノとアルトが会話しているのに似ている。

僕の主動筋と拮抗筋はいつも会話している
それはテナーとベースが会話しているのに似ている。

ソプラノ、アルト、テナー、ベースの4つのパートが
一つ一つ完璧になって、会話できた時、
初めてハーモニーが生まれる。


どれひとつ欠けてはいけない大切な存在なのだ。


ただ、その中でアルトパートが悩んでいるのであれば、
自分の練習は後回しにして、
練習に付き合ってあげること。

それが練習のプライオリティーを決めるということ。

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そうではなく、むしろ、からだのうちで
他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、

からだのうちで、他よりも見劣りがすると
思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。
麗しくない部分はいっそう麗しくするが、

麗しい部分はそうする必要がない。
神は劣っている部分をいっそう見よくして、
からだに調和をお与えになったのである。

それは、からだの中に分裂がなく、
それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。

もし一つの肢体が悩めば、
ほかの肢体もみな共に悩み、
一つの肢体が尊ばれると、
ほかの肢体もみな共に喜ぶ。

あなたがたはキリストのからだであり、
ひとりびとりはその肢体である。
【新約聖書より】
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