バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?

Kentaiニュースより引用

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載


年ほど前に発表した「スロートレーニング」(正確には「筋発揮張力維持スロー法」)が、随分広く行
われるようになりました(Tanimotoら、2006)。
軽い負荷でも筋が肥大し、筋力が向上することから、要介護・要支援高齢者のリハビリテーション、
妊婦さんの筋力強化にも用いられるようになっています。
オリジナルのスロートレーニングでは、「筋の緊張を持続しながら負荷を上げ下げすること」が最も重
要で、それを満たすための用件として「ゆっくり動くこと」が必要であるとしています。
一方、負荷を上げ下ろしする速度そのものに、何らかの意味はないものでしょうか?
今回は、この点について、私たちのグループの研究をもとに考えてみます。

負荷を下ろすときの筋力調節

まず、負荷を上げ下げしているときに、筋がどのようにはたらいているかを理解しておく必要が
あります。
今、ある重さの負荷を一定速度で上げ下げしているとします。
一定速度ですから、加速度を生み出す外力は作用していない、すなわち、筋力と負荷は釣り
合っています。
上げるときも下ろすときも、筋が発揮している力は同じなのにもかかわらず、運動の方向だけが
逆転しているということです。
これは、上げるときと下ろすときで、活動させている筋線維の数(正確には運動単位の動員数)を
変えているからです。
例えば、負荷を上げるときに、100の運動単位を使うとします。
このときの最大筋力に対して負荷が軽ければ、負荷は上がります。
一方、このままでは負荷が下りてこないので、動員する運動単位を50に減らします。
これで負荷が最大筋力を上回れば、個々の筋線維は等尺性最大筋力を超える「伸張性筋力」を
発揮しながら伸張されます。
動作としては、筋でブレーキをかけながらゆっくりと負荷を下ろすことになります。
動員する運動単位をもっと少なくすれば、下ろす速度は速くなりますが、頑張っている小数の筋線
維にはより大きな負荷がかかります。


ゆっくり負荷を上げるとホルモン分泌に効果がある

このように、あえて負荷をゆっくりと上げるときには、動員する運動単位の数を少なくし(最大筋
力を下げ、相対負荷を高める)、ゆっくりと下ろすときには運動単位を多めに動員する、というよう
にします。
また、ゆっくり上げるときには、動員されている筋線維にとっては力発揮時間が長くなり、代謝的
な負荷も大きくなります。
一方、ゆっくり下ろすときには、動員されている筋線維にとっては、力発揮時間は長くなりますが、
力学的ストレスは小さくなります。
それぞれが、トレーニング効果の点でどのような意味があるかは不明です。
そこで、私たちのグループでは、50%1RMの負荷を用い、「上げる時間(秒):下ろす時間(秒)」
を、5:1、1:5、3:3にそれぞれ変えた場合の効果を調べました。
その結果、成長ホルモンやテストステロンの分泌量は(5:1)の場合に最も多く、続いて(1:5)、
(3:3)となりました(Gotoら、2009)。
少なくとも内分泌系を刺激する効果を得るためには、負荷を上げるスピードは遅い方がよさそう
です。

筋の伸張速度とタンパク質の合成

一方、負荷を下ろすスピードについてはどうでしょうか。
残念ながらヒトを対象とした研究をまだ行っていませんが、ラットを用いた研究から類推してみま
しょう。
私たちのグループでは、ラットの下腿筋を電気刺激し収縮させた状態で、モーターを使って強制
的に伸張するというトレーニングモデルを用いて実験を行っています。
ここで、速い速度で伸張する条件(F条件)、ゆっくり伸張する条件(S条件)という2条件で比較をし
たところ、きわめて興味深い結果が得られました。
F条件では、トレーニング刺激後の筋力低下が著しく、その回復も遅く、筋線維内ではタンパク質
分解を引き起こすシグナルが増強していました。
一方、S条件では、トレーニング刺激後の筋力低下はそれほど大きくなく、回復も早く起こり、筋線
維内ではタンパク質合成を促すシグナルが増強していました(Ochi ら、2010)。
2日に1回という頻度で繰り返しトレーニングすると、F条件では徐々に筋線維が萎縮しましたが、
S条件では逆に、徐々に筋線維が肥大しました。
このように、伸張する速度によって、筋線維は相反する反応を示すことがわかりました。




上げるのも下ろすのもゆっくりの方がよい

 ラットの筋を無理矢理伸張するのと、バーベルなどをコントロールしながら下ろすというのでは、
勿論状況が異なります。
しかし、筋の中で力を発揮している筋線維に着目して見れば、比較的ゆとりのある伸張性張力を
発揮しながら徐々に引き伸ばされるか、あるいは過大な伸張性張力を発揮しながらすばやく引き
伸ばされるかという点で、状況は類似しています。
したがって、スロートレーニングで大きな効果を上げるためには、単にゆっくりと負荷を上げるだけ
でなく、負荷を下ろすときにもゆっくりと行った方がよいと考えられます。
ただし、極度にゆっくりと負荷を上げ下げするという動作はやりにくいものです。
したがって、実際のトレーニングでは、4秒:4秒、5秒:5秒など、動作のしやすいスピードとリズムを
用いるとよいでしょう。

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大変参考になりました!
2012⁄08⁄21(火) 10:31 |

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