試練の階段 復活編

1/29(日)受傷1日目

安息日。教会で青少年クラスのレッスンする。
足はひきづったまま。
歩くのもままらなない。

足はまだMAXで腫れている
夜加圧トレーニング

捻挫には加圧トレーニングが一番良く効く。
早く治ってくれればいいが。
1/30(月)受傷2日目
まだ、走れない。
依然腫れている。

ふと、トレーニングを思いつく。
困難が工夫を生み出す。

ひらめきだすと、僕は調子を取り戻す。
いける。今回もなんとか、行ける。
そう、自分に言い聞かせ、励ます。

新しい練習法はこうだ。

灯油缶に水を満タンに入れる
これで20kgのダンベル完成だ。

20kgを両手に持って、合計40kg
これで階段をステップアップするトレーニングをした。

32段を8往復

今までに感じたことのないバーンを大腿部と殿部に感じる。
いい感じだ。

このトレーニングでパワーを手に入れよう。

1/31(火)受傷3日目
仕事中加圧状態で階段を大股で歩く。
合計380段

大腿動脈が破裂するかとおもった。
すごいバーンを感じた。
これは効果的な練習だ。

大丈夫。リハビリで僕は強くなる。
リハビリは以前の状態に戻すのではなく
困難を克服して、以前よりも強くなること。

僕は信じている


2/1(水)受傷4日目
階段でのステップアップ40kg×32段を6セット
デッドリフト、アップライトロー、プッシュアップ

今できる事をやる。それだけ。


2/2(木)受傷5日目
ステップアップ40kg×32段×6セット
階段でのステップアップの良い所は筋肉にダメージが残らない点。
理由は短縮性収縮の連続で伸長性収縮がないから。

毎日ウエイトできるのは楽しい。
そして毎日パワーが向上しているのを感じる。


2/3(金)受傷6日目
階段で歩く
つまり大股・2段抜かしは跳ばなくてもできることを発見した。
やってみると、跳ぶよりもしんどい。


反動が使えないこと、筋肉の収縮時間がながいことが(スロトレの原理)
理由と思われる。

このトレーニング法はコロンブスの卵だった。
これをひらめいたのは大きかった。

良く考えると、モーリスグリーン所属 
HSIのトレーニングそのものだった。
僕のオリジナルのひらめきではなかったが、
過去の知識のストックがひらめきを生んだ。

困難な状態でもインスピレーションがさえているなら
状況は克服できる。

心が素直で目標に向かって真っすぐ向かっていれば、
インスピレーションは天から降ってくる。

この日1310段

ひさびさの1000段超え。
このリハビリ期間。

パワーはなんとか良いと思う。

後はスピードとスタミナ。


ただ、この階段ウォークをひらめいたせいで、
長い階段を走らなくてもスタミナ練習になる。

スタミナもなんとかなりそうだ。
あとは足が回復してからスピード練習をすれば
なんとか本番に間に合うはず。



2/4(土)受傷7日目
本来ならば、直線階段166段で最後のタイムトライアルと追い込みをやる予定だった日。しかし今回の怪我で予定はかなり変わってきた。

近所の市営住宅143段を
大股2段抜かしウォークをした

この日1321段
スタミナは問題なさそうだ。

工夫すれば、けがしている間も
パワーアップできる。

スタミナ練習とパワー練習は工夫でなんとかできている。
後は、スタートから100段のスピード練習。

来週になれば、階段を走れるようになるはず。
なんとか間に合いそうだ。

あきらめなければ、道は開ける。


2/5(日)受傷8日目
昨日から息子の容体が悪い。
先週の金曜から気管支炎系の高熱は一次40℃にまでなったが
今週はやや落ち着いた感じ。

しかし微熱は続いている。
昨日は息子は嘔吐を繰り返している。

ノロウィルスもしくは、
ロタウィルスの可能性がある。

2/6(月)受傷9日目
仕事中の移動
1397段

まだ大股歩き、足首は回復せず。走れない。


2/7(火)受傷10日目
仕事の帰り道に金山駅の26段の階段を
すこし走ってみる。

まだ痛む。

合計734段


2/8(水)受傷11日目
息子の胃腸風邪がうつった。
夕方悪寒がして、夜37.6℃

気持ち悪くてなにも食べられない。

夜一度、嘔吐した。

とりあえず、寝た。

明日なんとか仕事に行かなくてはいけない。


2/9(木)受傷12日目
嘔吐感はなんとか回復している感じ
ただ、軽い物を少量しか食べられない。
胃が重すぎる。

以前微熱37.3℃ある。

気力を振り絞って、なんとか仕事に行く。

熱を下げる為にポカリを仕事中2L飲んで汗をかいた。
熱は午後には下がり始めた。

この日は普通に仕事をがんばった。


2/10(金)受傷13日目
朝、36.4℃ 

奇跡的に熱は下がった。

昨日、しんどくて仕事中何度も祈った。
そして、祈りが聞き遂げられた。
やはり神様は生きている。

念の為医者に行く。
医者からは「特に問題ない」ということで
薬もなし。

仕事の移動中と駅階段合わせて246段
ひさびさに階段を走った。
サポーターを付ければ、走っても痛みは無い。
いけそうだ。


2/11(土)受傷14日目
まだ完全に胃は癒えていない。
たぶん少し痩せてしまったと思う。

仕事中に973段
結局らせん階段のみの練習になってしまった。
本来なら、直線階段でスピードを高めたタイムトライアルを
やりたかったのだが。

しかし今できることをがんばったつもりだ。


2/12(日)休み 受傷15日目  試合まで6日
妻はここ3週間息子と娘の看病で心身ともに相当参っている。
息子はいまだ、本調子ではない。

現在、吉田家は階段選手権どころではない。
のんびり、インターネットをしていたら、妻に怒られた。

反省した。


2/13(月)受傷16日目 試合まで5日
トレーニングは休み
この日は引っ越し予定のアパートのリフォームをがんばった。


2/14(火)受傷17日目 試合まで4日
仕事中の移動で243段 

シューズがしっくりこない
まだ改善が必要だ


2/15(水)受傷18日目 試合まで3日
平和公園
313段

最後の追い込み練習

チューブバーベルで筋肉にSSCを覚えこませる。
試合前に初動負荷をやるのと同じ効果をもたらせる。

なんとか形になってきた。SDもできる。
踊り場の練習もいい感じ。

ただ、あと、4日しかないので
通し練習はやめておいた。

練習不足は否めない。

しかし焦って、今トレーニングしてもバネがなくなるだけ、
ぐっと我慢して、練習を終えた。

2/16(木)受傷19日目 試合まで2日
完全休養

当日の雪予報は変わらない。
どうやら、ウエットコンディションの勝負になる。

出走レースの確定メールがひろたさんから来る。

24組
チーム赤兎馬と同じ。

つまりアンカーの私は丸尾くんと同走するかも知れない。
丸尾くんは今年走るのか?

まっさきに知りたくて、丸尾君にメールした。

そしたら、すぐに短い返信が来た。
さすが、礼儀正しい丸尾くんだ。

丸尾君は出場するとのことで、うれしかった。

丸尾君は高校時代~大学時代も関西の陸上試合で
何回か対戦した生粋のスプリンター。

尊敬できるアスリートでもある。

今回は直接勝負できる。
これほどうれしい事は無かった。




2/17(金)受傷20日目 試合まで1日
完全休養

あらゆるテストを繰り返し、
時には怪我までもして、
シューズがやっと完成した。

これなら、雪だろうと雨だろうと最強。
まさにオールウェザーシューズが完成した。

ひろたさんからの情報や池野さんからの
テスト結果のメールがなければ、
このシューズは完成しなかったと思う。


クライマーズでよかった。
感謝。感謝。


2/18(土)
本番当日 受傷21日目
当日の雪予報は当たった。

朝、ネットで高速道路情報を見ると、
チェーン規制こそ掛かっていないが、
速度規制が掛っていた。

商品を持って帰ることを考えると、
車がベスト。もしかして折りたたみ自転車を持って帰るかも知れないから。


でも、名神高速道路で行くのは危険が伴うし
到着時間も保障は難しい。

ここは無難に電車にすることにした。

当日は弟も京都に行くことになっており、
同伴してくれた。

重い荷物を持ってくれたことは
かなり助かった。


名古屋から普通電車で片道2210円
片道分だけチケット屋で買えて2000円で行けた。

移動中は弟と話しながら、
緊張がほぐれた。

京都に到着した。


ひろたさんは東京から新幹線で前日入りしており、
私たちの荷物置き場も確保していてくれた。

ひろたさんのコンディションは最高の様子。
池野さんも到着していた。

間もなくして齋藤さんも到着。
すぐにみなさん階段に行って、
最後の足合わせの為の練習が始まった。

その時は、雪は収まっていたものの
積雪が溶けて、屋根から水滴が絶え間なく落ちてきており、
完全なウエットコンディションだった。


クライマーズとして
ウエットコンディション対策は十分してきたので
私たちは怖くなかった。

結果としてドライコンディションでの勝負になったのだが、
他チームは階段が乾くまで気が気でなかったと思う。

ウエットコンディションへの心配で
かなり疲れたのではないかと推測される。

そういう意味で、すでにアドバンテージが僕たちにはあった。

練習を進めるたびに、自分の調子の良さに気付く。
こんなに体が弾むのは久々。

サポーターをすれば、足首は全然痛くない。

実は、私の怪我がばれそうになった局面があった。
それは私たちがアップをするときに、
レーシングシューズに履き替える際、
一度ひろたさんに私のガチガチのサポーターを見られてしまったのだ。

私は事前に「これは古傷だから、全然大丈夫。一応安心のために
サポーターしているだけだから。」という嘘を心の中に用意しておいた。

ひろたさんは私のガチガチのサポーターをじっと見た。
「やばい。バレる」と思った。

僕が嘘を口から今にも出しそうになった時、

ひろたさんは何も言わず、スルーしてくれた。

ひろたさんが何も言わなかったことで僕は救われた。
僕は嘘をつかずに自責の念を感じずにレースに臨むことが出来た。

ひろたさんはそんな気遣いができる、素晴らしい人間だ。


アップしている最中に、
ひとなつっこい性格のkazさんは私はみるなり、
「吉田君、またやせたー?」
と言ってきた。

悪気がないのは分かる。これは彼の天然だと思う。

しかし当の本人は

「ギクリ」

胃風邪で3日食べられなかったことで
私は少しやせ気味だった。それをすぐに見抜かれた。


僕はまた嘘をこころのなかに準備しておいた。
「いやいや、僕の顔はもともと細いんんですよ。
年をとったから顔がこけたんじゃないですか。」

でもこの嘘も使わなくて済んだ。

そのあと、ちょっと僕もKAZさんを攻撃したくて、
KAZさんの作戦を聞き出そうとした。

やっぱりKAZさんいろいろ考えているみたい。
でも、秘密主義

教えてくれない(笑)

僕はなんとか引き出したくて
野村監督の言葉を引用した。

「でも戦法って、正攻法か、奇策かどちらかしかありませんよね?」

「それはその通りだね。」
KAZさんは頭がいい人。
その意味ははっきり分かった様子。

KAZさんの反応を見ながら、
その戦法は奇策に近い印象を受けた。



上71段での練習中、僕はバネがありすぎて
1.5Mの踊り場を0歩で行くことができた。

たぶんレースの終盤、疲れているで使う事はないと思ったが、
ばねのたまり具合は最高に良い感じだったと思う。

アップの最後に齋藤さんが171段のTTを池野さんの指示で行っていた。
係員にぶつかりながらタイムは30秒0

正直、よくないタイムだったが、あとから見れば、
このばてた感覚がよかった。
いちど、ばてたことで、理想のペース配分を
学習するよい機会になったと思う。


そして、1レースが始まる。
僕たちは、めいめいおにぎりなど、栄養を補給して
寝たり、ちょっと散歩に行ったりと
自由行動

僕らは最終レース1つ前なので、時間的には余裕があった。

クライマーズは基本誰がリーダーになっても大丈夫なチームだと思う。
ひとりひとりが頭を張れるチーム。

だからアップの仕方や試合の合間の時間の使い方など
自分のスタイルを持っている。


初参加の齋藤さんでさえ、大きなおにぎりを何個か食べ、
寝そべっており、とてもリラックスしている様子だった。

「ああ、この娘は素直で従順なだけじゃなくて、
その中でも自分をちゃんと持っているな。」と思った。

従順な女子選手にありがちは「我慢して自分を殺す」
という心配はこの娘には当てはまらなさそうだ。


そうこうしているうちに、午前部の最終レースが始まる。
ファイヤーマン奥村組・堀尾くんの登場だ。
堀尾君は今年にかける気持ちは相当大きいようだった。

午前最終レースの号砲がなり、堀尾くんは例年通りの
「階段をぶっ壊すほどの力強い駈け上がりを見せる」

後半もばてることなくゴール
タイムは20秒44だった。

この時点でもちろん1位
歴代でも丸尾くんの20秒40に次ぐ、2位の記録の好記録。

この記録に午後の部の参加者は大きなプレッシャーを感じた者。
想定内だと思ったもの。様々だったと思うが、
この記録が大きなインパクトを与えたことは確かだった。

「今年の階段は史上最高のレベルになる」

堀尾君の快走に、みんなうすうす感じていたはずだ。



堀尾君が走った午前部の最終組はまだウエットコンディションだったように思う。
対して、午後は完全なドライコンディション。

堀尾君と午後の参加者が同じ条件で走った訳ではなかった。
今考えると、それは残念なことだった。


そして、午後の昼休みの後、午後の最終組レースを控えた
有力参加者がめいめいアップを始めた。
23~25レースに優勝候補がずらりと並ぶ。

クライマーズドリームのメンバーも自分のペースで
アップを始めた。

全員調子はすこぶる良い。

集合時間は14:40ということだけを決めて
後は自由にアップした。


アップの途中で丸尾くんが姿を現した。
正直練習はできているのか、彼のコンディションに疑問だった私は
握手とあいさつをしたあと、「ちょっと失礼」と言って
彼のハムストリングと臀部をすこし触らせてもらった。

まるでS級の競輪選手のような脚に
これは相当鍛えてきていることがすぐに分かった。


丸尾くんは私の改造シューズをみるなり
「これが吉田さんですよ。こういう工夫こそ、
吉田さんのらしさですよ。」と言ってくれた。

丸尾君とは、大学時代以来、実に12年ぶりの勝負になる。

今回は私も十分練習を積んできているので、
「勝負が楽しみ」だった。


時間は刻々と過ぎ、14:40になる。
僕たちクライマーズのメンバーは
レースのスタート位置に向かう。

最終コールを受ける為だ。

スタート位置に行くと、どうやら様子がおかしい。

23レースはとっくに終わっており、
24レースの1走者がすでにスタートにつこうとしているではないか。

「しまった。やってしまった。」
どうやら、レース進行が早まっていたようだった。

それにクライマーズのメンバーは気付かずに
悠長にアップしていたのだった。

池野さんが急いでジャージを脱いで準備した。
池野さんは、後に手記で「あの時はあせった。」との旨を書いているが、

私の眼にはその状況下でも「あせるな。あせるな。」と
自分に言い聞かせ、係員にはあやまりながらも
できるだけ、時間をかけながら自分のペースでゆっくり、ゆっくり
レースの準備をしているように見えた。

陸上選手なら、こういう状況下に何度かあったことは
有るはず。

確かに僕らは多少あたふたしたけど、
国際経験も豊富な池野さんなら大丈夫。

僕らは後ろで見ていてそう思った。



「それでは仕切り直して、もう一度選手紹介をしましょう。」
クライマーズドリーム・池野昌弘
会場から拍手が湧く

そして、レースが始まる。

号砲が鳴り、池野さんが飛び出す。
400Mランナーなのに池野さんのスタートはとても速い。

僕がときどき、負けるくらい速い。

そしてマイケルジョンソンのフォームみたい。
でもストライド走法。それが池野さん。

ぐんぐん他の参加者を引き離していく。

そして、ゴール。
「おっ!ダイブしたぞ。たぶん走り抜ける体力が残っていなかったんだ。」
そう思った。速報タイムで21秒84

会場中が信じられないという空気になる。
今までの記録を1秒5も短縮する。

47歳で21秒台というのは、アンボリバボーな記録なのだ。

池野さんは階段の頂上でガッツポーズ。
たぶん本心は会心の走りではなかったと後で分かった。
しかし、あとから走る私たちを勇気づけるために
ガッツポーズをしてくれた。

池野さんの走りにクライマーズは完全に上昇ムードに乗った。

2走は齋藤さん

初挑戦というのと、
思ったよりも午前中の全171段の試走のタイムが思わしくなったのは
少し気かがかりだった。

28秒くらいかもしれないな。とちょっと僕はネガティブな予想があった。

しかし、ひとたびレースが始まってしまうと、
その不安要素を吹き飛ばすようにどんどん駈け上がる斉藤さん

自分の目を疑う。「これって2段抜かししているよね?」
まるで1段抜かしのようなピッチで2段抜かしをしてしまう。

踊り場の動きも素晴らしく1.5Mは1歩3Mは2歩でほぼ行けている。
今ままでの女子の常識をすべて覆して行く。

155CMの小柄な女の子が。

すべての階段のブロックで流れがあった。
終盤に差し掛かると、スタミナが心配されたが、
私たちおじさんの心配をよそに
ぐいぐい昇る、走る!

そして、ゴール
タイムは26秒4?

え?まじ?


下からタイマーを見ていて26なのか28なのか
よく分からなかった。ひろたさんと顔を見合せる。

26ですよね?
「うん」

どうやら、斉藤さんはすごいことをやってしまったようだ。


そして、エースひろたさんの出番
ここまで、2人とも新記録。

普段、控え目で温和なひろたさん
しかし、野生のスイッチが入った瞬間

誰も話しかけらない
チームメイトでさえも。


ひろたさんは前年度チャンピオン
たぶんライバルは自分自身しかいなかったんだと思う。
そういうときって結構孤独な戦いがあったりする。
僕も福男で負けなしの時代があったからよく分かる。

いろんな思いが錯綜する中でひろたさんのスタートが迫る。


号俸が鳴り、ひろたさんがスタートする。


やはり、すごい飛び出しだ。
圧倒的

しかし2ブロック目の踊り場でちょこちょこ刻んでしまった。
「大丈夫かな?」
私の心配をよそにひろたさんはいつもの野生の走りで
階段を駆け上がっていく。

これはAC湘南組さんとの合同練習でひろたさんがつかんだ技術だと思う。
つまづきながらも強引に持っていく走り。

ひろたさんの走りは「踊り場の処理が素晴らしい。」

僕が思うに、重心移動さえ、先行していれば、
もしも足を踏み外したとしても、体は上に、また、前に前に
進み続けるのだ。


走り幅跳びの助走のような走りを踊り場で見せる。
その助走を階段の駈け上がりにうまく転化している。

踊り場の多い、この階段こそ、ひろたさん向きなのだと思う。

中盤に差し掛かり、ひろたさんは水を得た魚のように
すいすい、あるいはぐいぐい力強く階段を走って行く。

階段を走れる選手は私の知る限り、ひろたさんと小川さんだけ。
丸尾くんは階段を力で駈け上がる。
ほりおくんは階段をぶっ壊す。
僕は階段をバネで跳ぶ。

誰よりも階段を速く走った彼は、
「フィニッシュは走り抜ける」と公言していたにも関わらず、
最後、6段残して、ダイブした。

やっぱり相当足に来ていたようだ。
速報タイムは20秒13だったと思う。

「やっぱりひろたさんは新記録で来たか。でも19秒台じゃない。」
最終走者の私が19秒台で世界記録保持者の丸尾くんに勝てば
会場は最高に盛り上がるぞ。

「場は出来た。行ける」

ついに僕のレースが始まる。

3レーンに丸尾くん
4レーンが吉田

丸尾くんの選手紹介が始まる。
世界記録保持者の紹介に会場中が拍手を贈る

そして私の紹介
今年は私はクライマーズドリーム昨年4位の吉田とだけ紹介された。
福男の七光はここでは通用しない。

私は過去の栄光を捨て、
裸一巻で丸尾君に勝負を挑むのみ。


「いちについて」

スターターがコールした。
私はクラウンチングスタート
丸尾くんはスタンディングスタート


「バン」


号俸からスタート

反応、スタート3歩からの入りも互角だったと思う。

しかし、1ブロックに入るなり、
丸尾くんのパワーが半端ない。

「どんどん遅れを取る私。
いかん、いかん。このままレースが終わってしまう。

「落ちつけOK,OK、まだ大丈夫 中盤必ず勝機はあるはず。

100段を超えたところで、丸尾くんとの差は
約0.7秒 2M前 1M63上に丸尾くんがいる。

結構遠い。

自分の目線あたりでちらちら見え、力強く駈け上がる丸尾君。
完全に彼のレース展開だった。

しかし、100段を超えたあたりから、
僕のパワーポジションが決まってきた。
次第に丸尾くんとの差が縮まり始める。

全14ブロック中、11ブロックでちょうど左足が1段目に来た。

偶然だったが、利き足である左足が1段目に来たときには
誰にも負けない自信があった。

11ブロックの駈け上がりは快心だった。
しかし、ナトリウムの燃焼のような一瞬の光
付焼き刃のような技術。

12ブロックではオーバースピードがたたり躓いてしまう。
階段ではあるブロックだけ速いというのは
あまりよいことではない。

平均しているほうが体勢は安定するのだ。


12ブロックこれははっきりと覚えてる。
私は躓きそうになり、あと、すこしで手を付くところだった。
しかし、必死に足を前にだして、
強いキックで状態を立て直した。

手をつかずに。しかもかかとも使わずに
ほぼ、つま先だけで。

スクワットであと1回しかできないというときに
踏んばる力にすごくにている。

火事場の馬鹿力が出た。

これは足首のリハビリで行った、灯油20KGを両手に持っての
階段駈け上がりと、階段ウオークの成果が出たのだと思う。

昨年も実は階段で躓いており、そこから2段抜かしをやめ、
1段抜かしに切替えてゴールした。

1段抜かしへの切り替え、
厳しいようだがそれは「逃げ」だと私は思う。

しかし、今年は違う。力で持ちこたえた。
そして、次のステップも2段抜かしで行った。

今の躓きでスピードダウンしてしまったが、
まだいけるはず。もう一度私は加速する。

その力が僕の足には残っていた。

14ブロックさらに差を縮める。

最後、丸尾君の背中を見ながら、
なんとか背中に届くか?
と思いながら、相当遠くからダイブした。

あとからビデオで確認したが
のこり5段も残してのダイブだった。

しかし、僅差で丸尾君には届かなかった。


「ああ、負けた。やっぱり丸尾君は速かった。」


ゴールして、タイマーを見る。
タイマーは20秒3となっていた。
僕は20秒5くらいか?」


チームメイトの残念そうな表情が見える。
みんな勝てると思って見てくれていた。

期待に応えたかった。

僕も勝てると思った。悔しい。
しかし負けたのが尊敬する丸尾君なら仕方ない。

いろんな感情が入り混じった。

丸尾君と握手してハグし、
お互いの健闘を称え合った。

インタビューを終え、
記録証を受け取ると、私のタイムが
20秒81であることが分かった。

悔しさがこみあげてきた。


表彰式では、私以外3人が1位の大きなトロフィーを貰っていて、
正直うらやましく映った。

合計タイムは2位以下を約10秒も引き離している。圧巻の団体優勝
僕は29秒で走っても優勝していたことになる。

僕は必要ないんじゃないかとさえ、思った。


少し気落ちしている私よそにひろたさん、いけのさんは
「20秒台が2名出たレースは史上初だよ。」と勇気づけてくれたおかげで
僕の自尊心は回復した。


よく考えてみると、
3週間まえの怪我からの復活でのこのタイム。

昨年は85歩に対して今年は73歩で走破し
完全にストライド走法にシフトできたことなど、
自分の体力、技術、シューズの試みが成功したと思った。


そして、「来年こそは!!!」


多くの参加者がそう思っているに違いない。

今年、多くのトラブルに大会前に遭ってしまった。
しかしそれも含めて私の実力だと思う。
起きてしまった事実は変えられない。
その事態を受け入れ、一旦降伏しなくてはならない。

そこからどうやって這い上がるか。
それが大事だったのだと思う。

今回この困難を乗り越えて、20秒台が出せたことは
今後の自分の自信につながって行くと思う。

そして、2012年の経験があったからこそと、
今回成功したと来年言えるように

また練習に励むぞ!強く、強く決意した。

Comment

Re: 足首

ひろたさん

こまやかな心遣いありがとうございます。
ひろたさん、いけのさんがチームメイトで
とてもやりやすかったです。

来年はダブル19秒台と行きましょう!
2012⁄02⁄26(日) 21:11 |

足首

足首のサポーターについて、
こちらが気付いてることに気付いていたか!
という、心境です。

僕のほうも、「怪我をしているの?」という言葉が
喉まで出かけました。

よほどのことがない限りスプリンターは足首にサポーター
など巻かない。ほぼ歩けない状況じゃないとサポーターに
頼ったりしない。それくらい足首の感覚は重要。
僕が京都階段でロンタイを履かない理由もそれです。

彼は足首に、かなりの重傷を負っているに違いないと
推測しました。

そして、同時に
「33歳のスプリンターがプライドにかけて
マグロと10万と京都階段N0,1の称号を得るために数か月(というか
すべてのレースは一つ一つすべてが競技人生の集大成)
準備し、今ここに立っているのだ、ヤボなことは言うまい」
と,言いかけた言葉を飲み込みました。

そして、その足首でまるおくんとの激闘の末
歴代5位のタイムで走り抜けた。

素晴らしいの一言しかない。

来年はダブル19秒台を!と言いたいところだが僕は言わないで
おく。どうも「控え目キャラ」が定着しつつあるようだから笑

ではでは。







2012⁄02⁄26(日) 11:28 | | [edit]

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