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啓介~僕らのヒーロー

今日は啓介を紹介したい。

啓介は学校の番長のような存在だった。

そして、中学2年、3年と同じクラスだった。
(これは偶然ではなく、お互いに問題児だったから
学年主任が受け持ったのだと後から分かったのだが、)


でも、啓介君とはなぜか分かり合えるものがあって
彼とは仲が良かった。私がかなり失礼なことをして啓介がキレた時でさえ、
彼から暴力を一度も私は受けた事がない。

僕は彼を「啓介」と呼び捨てにし、彼も僕のことを「光一郎」と呼び捨てにした。
(啓介のことを呼び捨てにする人は校内でも数人だった。それほど恐れられていた。)

選抜の陸上部が結成された時、彼も選ばれた。啓介に100mを走らせたら、
多分学年で4~6番手あたりだったと思う。
しかし啓介は天性のバネがあり、ハードルや走り高跳びでは郡を抜いていたし、
私も勝てなかった。

市選手権の選手と種目が発表される時、私は耳を疑った。なんと啓介は高跳びではなく200mにエントリーすることになったからだ。その時、彼自身も信じられないと言った表情だった。

市選手権では(日ごろの喫煙の影響もあり)200mを走った啓介にいつものようなエネルギー(反骨精神、なめんなよ、笑、みたいな)
は感じられず、予選の落ちに終わった。

その後、校内の体育祭で走り高跳びに出場した啓介は見事優勝した。記録は1m70cm。

その記録は市選手権の入賞ラインを超えるものだった。


啓介は昼間に体育館のトイレ鍵をこっそり開けておいて夜中に学校で高飛びを練習していると本人から聞いた。

それほどの才能とやる気と意欲がある子供の才能はまた一つここで埋もれていった。

普段の素行によってのみ人を判断してしまった大人によって。



しかし啓介はただでは終わらない男だった。もう一つの臨時の部活動。相撲部で彼の才能は開花する。
3年になり、臨時相撲部が結成された時、私と啓介は招集が掛からなかった。2年の時に練習に参加していたにも関わらずである。
それを良しとしなかった啓介は私を呼び

「光一郎これから、松永先生のところにいって、直訴する。選手に選ばれたあいつらに負けないと思うから、一緒に行くか?」

と言った。私も啓介ほどではないが相撲には自信があったので、一緒に松永先生のところに行くことにした。
多分、啓介は一人では松永先生のところに行きづらかったのだと思う。だから私を誘ったのだろう。

啓介と私は職員室に入り、職員室のひときわ奥のほうにある松永先生の机に進んでいった。
そして啓介は松永先生にこう言った。
「相撲の練習に参加させて欲しい。そして実績が上がれば大会の選手として欲しい。」

松永先生は「よし分かった。明日から参加してみろ。」
と言い僕らは相撲の練習に参加できることになった。

結果、啓介は陸上部、相撲部、野球部という3つの部活を兼任することになった。(私は、陸上部、相撲部、水泳部)

啓介は見事レギュラーの座を勝ち取り、一宮市中学相撲大会に出場することができた。

僕らにとって啓介はヒーローであり、学校で一番強い男だった。
啓介は自ら志願し、それを証明した。
やはり、啓介は最強だった。
genre
スポーツ
theme
陸上競技

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