第一章
報道の自由
私、吉田光一郎はWEBマスターとして、報道の自由をすべての日本国民が持つと考える。
報道機関が様々な表現媒体を用いて国民に情報を伝える自由。
表現の自由の一つとしてあげられる。
報道の自由は日本国憲法第21条によって保障され、
表現の自由のうちでも特に重要なものとされる。
その理由として、報道する内容について報道機関が表現の自由をもつこと、
および報道機関による報道は国民の「知る権利」を充足させるのに
重要な役割を果たすことがあげられる。
私は、これらの報道の自由の権限を行使する。
同時に、一切の責任は私個人が負うものとし、
私の所属チーム、職場、所属法人、家族、愛知陸協とは全く関係のない個人的な活動である。
第二章
個人情報
個人情報とは各個々人を識別することができる情報を指す。
個人情報には
・氏名
・性別
・生年月日
・住所
・職業
・年収
・家族構成
などが該当するが、一般には2つ以上が結合された状態で個人を特定できなければ、
個人情報とはみなされない。
例えば、年収と職業だけが判っていたとしても、
その情報から個人を特定することはできない。
今回の記録、動画の配信であるが、動画はストリーミング再生のため意図して画質を落としてある。
そのため、顔の特定は難しい。よって個人を識別することはできないので、
個人情報には当たらない。
しかし、肖像権に抵触する恐れがある。肖像権のついては、別記する。
記録については、掲示板に掲示してあるものである。
情報として、おおよその氏名、学年、学校、記録と4つの項目が当てはまる。
これら個人として特定できうるものだが、記録を残す上で最低限必要な情報であり、
これら4つの情報から犯罪が起きる確立は皆無に等しい。
日本新聞協会は7日、内閣府の国民生活審議会個人情報保護部会が実施したヒアリングで、
昨年4月の個人情報保護法全面施行以来、
情報の取り扱いをめぐる過剰反応や行政の情報非開示が相次いでいると指摘する意見書を提出した。
また、情報の有用性と保護のバランスに配慮し、早急に制度を見直すよう求めた。
個人情報を適切に管理し、保護することは当然のことだが、
本来、国民が知るべき情報や、地域社会で共有すべき情報まで隠すことは許されない。
匿名化の流れは「知る権利」を脅かし、
「表現の自由」や健全な民主主義社会の根幹を揺るがしかねない。
そのことに対し、私たちは強い危機感を抱き、深く憂慮している。
個人情報の有用性と保護のバランスに配慮した制度の見直しが急務と考える。
第3章 肖像権
肖像権、動画の配信は非常に画期的なサービスであるが、
競技者の肖像権を侵害するおそれも併せ持つ。
そこで私はスタートまえに一人一人、
選手に口頭にて、許可を得る形でこの問題をクリアしていくつもりである。
もしも、ある選手が、動画の配信を拒否した場合、動画からモザイク等を使うことにより、
特定の選手を隠すことをする。
最終的に私の目標は動画の配信を予選から決勝まで、
すべての種目にわたって配信することである。
しかしながら、肖像権の問題を考えると、大会主催者の全面的協力なしには現実的に難しい。
そこで当面はトラック種目の決勝と私の友人の動画配信のみを行う。
第4章 将来への展望
時期が整えば、県大会だけに留まらず、支部レベルのローカルな大会でもすべての種目が世界中どこでも
ライブ中継で見られる時代が来るだろう。
技術が法律に追いついて行かないとよく言われる。
しかし、いつの時代も追いついていないのは権利を行使する人間の知恵である。
我々に必要なものは、技術を操る知恵、
法律を良心と良識に照らし合わせ、解釈する知恵、
より多くの人が幸せになってもらう為の知恵、
少数の人間であっても、多数決という民主主義の負の遺産としての犠牲者の生まれない為の知恵である。
曖昧な法律を法律に無知な人間が解釈することにより、
国民の権利が失われてはならない。
しかしながら、愛知陸協は臆することなく、「すべての選手の為」
にこのサービスを早急に公式として開始すべきである。
なぜなら、他の陸協はすでに行っているサービスだからである。
このまま状態を放置するならば、各都道府県の陸協サービスの格差を生むことに繋がりかねない。
付け加えると、愛知県は陸上競技に置いて、2005年の国体総合3位の強豪都道府県である。
国体3位の都道府県がこのサービスを行っていないことは非常に残念に思う。
私、吉田光一郎は愛知陸協を責めてはいない。
むしろ、愛知陸協に協力したいと思っている。愛知陸協がこのサービスを
ひきついてもらえるならば、すべて委託しても良いと思っているし、出来る限りのサポートをするつもりである。
しかしながら、時間的制約から、私個人がいつまでこの活動ができるかは分からない。
意思を同じくする個人ジャーナリストが多く生まれることを祈るばかりである。
格差の時代といわれるが、スポーツにおいてもこれは言える。
21世紀から22世紀に至って、プロスポーツとして、確立している野球、サッカーが繁栄していく中、
廃れていくスポーツが多く出てくることだろう。オリンピック種目から外れた女子ソフトボールなどはその例であるかも知れない。
陸上競技はアマチュアスポーツである。運営役員、審判員、補助員はすべてボランティアである。
だからこそ、我々に今こそ、必要な要素は
「すべては選手の為に」という心構えと
「内部の一致」
であると思う。
もう一度、基本に立ち返る時がきたのだと思う。
「すべての選手の為の何ができるのか?」
私はいつもこの言葉を自問自答している。
2006,4,17
吉田 光一郎
私の大好きな陸上の発展を祈って
第二章
個人情報
個人情報とは各個々人を識別することができる情報を指す。
個人情報には
・氏名
・性別
・生年月日
・住所
・職業
・年収
・家族構成
などが該当するが、一般には2つ以上が結合された状態で個人を特定できなければ、
個人情報とはみなされない。
例えば、年収と職業だけが判っていたとしても、
その情報から個人を特定することはできない。
今回の記録、動画の配信であるが、動画はストリーミング再生のため意図して画質を落としてある。
そのため、顔の特定は難しい。よって個人を識別することはできないので、
個人情報には当たらない。
しかし、肖像権に抵触する恐れがある。肖像権のついては、別記する。
記録については、掲示板に掲示してあるものである。
情報として、おおよその氏名、学年、学校、記録と4つの項目が当てはまる。
これら個人として特定できうるものだが、記録を残す上で最低限必要な情報であり、
これら4つの情報から犯罪が起きる確立は皆無に等しい。
日本新聞協会は7日、内閣府の国民生活審議会個人情報保護部会が実施したヒアリングで、
昨年4月の個人情報保護法全面施行以来、
情報の取り扱いをめぐる過剰反応や行政の情報非開示が相次いでいると指摘する意見書を提出した。
また、情報の有用性と保護のバランスに配慮し、早急に制度を見直すよう求めた。
個人情報を適切に管理し、保護することは当然のことだが、
本来、国民が知るべき情報や、地域社会で共有すべき情報まで隠すことは許されない。
匿名化の流れは「知る権利」を脅かし、
「表現の自由」や健全な民主主義社会の根幹を揺るがしかねない。
そのことに対し、私たちは強い危機感を抱き、深く憂慮している。
個人情報の有用性と保護のバランスに配慮した制度の見直しが急務と考える。
第3章 肖像権
肖像権、動画の配信は非常に画期的なサービスであるが、
競技者の肖像権を侵害するおそれも併せ持つ。
そこで私はスタートまえに一人一人、
選手に口頭にて、許可を得る形でこの問題をクリアしていくつもりである。
もしも、ある選手が、動画の配信を拒否した場合、動画からモザイク等を使うことにより、
特定の選手を隠すことをする。
最終的に私の目標は動画の配信を予選から決勝まで、
すべての種目にわたって配信することである。
しかしながら、肖像権の問題を考えると、大会主催者の全面的協力なしには現実的に難しい。
そこで当面はトラック種目の決勝と私の友人の動画配信のみを行う。
第4章 将来への展望
時期が整えば、県大会だけに留まらず、支部レベルのローカルな大会でもすべての種目が世界中どこでも
ライブ中継で見られる時代が来るだろう。
技術が法律に追いついて行かないとよく言われる。
しかし、いつの時代も追いついていないのは権利を行使する人間の知恵である。
我々に必要なものは、技術を操る知恵、
法律を良心と良識に照らし合わせ、解釈する知恵、
より多くの人が幸せになってもらう為の知恵、
少数の人間であっても、多数決という民主主義の負の遺産としての犠牲者の生まれない為の知恵である。
曖昧な法律を法律に無知な人間が解釈することにより、
国民の権利が失われてはならない。
しかしながら、愛知陸協は臆することなく、「すべての選手の為」
にこのサービスを早急に公式として開始すべきである。
なぜなら、他の陸協はすでに行っているサービスだからである。
このまま状態を放置するならば、各都道府県の陸協サービスの格差を生むことに繋がりかねない。
付け加えると、愛知県は陸上競技に置いて、2005年の国体総合3位の強豪都道府県である。
国体3位の都道府県がこのサービスを行っていないことは非常に残念に思う。
私、吉田光一郎は愛知陸協を責めてはいない。
むしろ、愛知陸協に協力したいと思っている。愛知陸協がこのサービスを
ひきついてもらえるならば、すべて委託しても良いと思っているし、出来る限りのサポートをするつもりである。
しかしながら、時間的制約から、私個人がいつまでこの活動ができるかは分からない。
意思を同じくする個人ジャーナリストが多く生まれることを祈るばかりである。
格差の時代といわれるが、スポーツにおいてもこれは言える。
21世紀から22世紀に至って、プロスポーツとして、確立している野球、サッカーが繁栄していく中、
廃れていくスポーツが多く出てくることだろう。オリンピック種目から外れた女子ソフトボールなどはその例であるかも知れない。
陸上競技はアマチュアスポーツである。運営役員、審判員、補助員はすべてボランティアである。
だからこそ、我々に今こそ、必要な要素は
「すべては選手の為に」という心構えと
「内部の一致」
であると思う。
もう一度、基本に立ち返る時がきたのだと思う。
「すべての選手の為の何ができるのか?」
私はいつもこの言葉を自問自答している。
2006,4,17
吉田 光一郎
私の大好きな陸上の発展を祈って