毎日の練習の賜物

おじいちゃんとの練習は
はじめにキャッチボールから始まって、
その後、守備の練習
そしてバッティング練習という流れ。

ほとんど毎日練習した。
おじいちゃんの指導は本当に的確で
おじいちゃんからほめられるのが無性に嬉しかったのを
よく覚えている。

毎日の練習の賜物で5年でレギュラーを勝ち取り
6年のときには町内で一番うまくなった。
私は一番打者でピッチャーとして活躍できるようになった。

あまり強いチームではなかったけども
ソフトボールは良い思い出だ。

6年のシーズンでは、塁に出られなかったのは1度だけ。
考えてみると、9割近い打率を出していたのだが、
あまり打球が外野に飛んだ記憶はない(笑)

努力して弱点を克服すること

小学校4年生からソフトボールに熱中し始めたもうひとつの理由は体力テストだと思う。

当時ソフトボール投げは14mくらいしか投げられなかった。自分の学校ではそれでも低いほうでなかったが、50m走や走り幅跳びの数値と比較して明らかにバランスが悪いと自分でも思った。

夏に一宮市の陸上教室があり、市内から足の速い子供が県営一宮グランドに集まる。50m走、50mハードル、走高跳、走幅跳では上位にいるもののソフトボール投げでまったく歯が立たず、総合得点に伸び悩んだ。

この経験がソフトボールに力を入れるきっかけになったのだと思う。
その後、5年生では21m6年生では31m投げられるようになった。

この記録時代は本当に大したことがないと思うが、
努力して弱点を克服することを小学校時代に学べたことは
大きな経験になったように思う。

怪我を通して学ぶことは多い

ノックでボールが眼球に直撃したというのは、
なんとも僕らしいエピソードだ。


僕という人格を集約していると言っても過言ではない。

こういう、不慮の事故というか
やんちゃな怪我というのは僕の少年時代多かったように思う。
よく覚えているのはおじいちゃんによく消毒してもらったことや、
近所の石黒外科に連れて行ってもらったこと。

後遺症が残らないのであれば、
小さいときに怪我はしたほうが良いと思う。

怪我を通して学ぶことは多いのだから。

初めての練習会で出血

小学校4年から私の地区の子ども会では、
ソフトボールが始まる。その日は始めての練習会で
ノックをやっていた。

フライがあがるのだが、初めてのノックということでチームメイトはビビッてなかなか取れない。
ワンバウンドで球を補給するチームメイトを横目でみながら、

「なんだよ、みんなびびっているなぁ」と内心思う私。

私は当然果敢にノーバウンドで取ろうと身構えた。

その矢先
ボールが眼球を直撃し、
目から出血

そのまま病院にいく羽目になった(笑)
結局出血したのは眼球からではなく、
目の周辺ということで大事には至らなかったが。

今思うと、この経験が僕が後にソフトボールに熱を入れるようになるきっかけになったのかも知れない。

スポーツの基礎はおじいちゃんから

私の小学校時代、スポーツの基礎はおじいちゃんから教えてもらったと思う。

至郎おじいちゃんは、スポーツ万能な人だった。
小学校時代は織田幹雄さんに直接指導してもらった経験もあると言っていた。

スポーツ観戦が好きで
おじいちゃんの隣でテレビを見ていると
おじいちゃんの解説が必ず入る。

おじいちゃんが他界した今でもその影響は
私に残っており、私の相撲好きはおじいちゃんの影響が大きいと思う。


企業家としても成功を収めていた祖父。
私の目標だ。

プライマリーの先生

プライマリー

教会のプライマリーの先生、小垂兄弟

お世話になった師の一人だ。

彼のレッスンは特に面白いことをする訳でないし
視聴覚教材を駆使することもない。

でも子供心に引き込まれるものを感じた。

今考えると、それは聖典を愛する彼の心だったように思う。


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